『戦争めし』
『戦争めし』は、魚乃目三太による日本の漫画である。戦中の波乱の時代における食事や戦場での食事など、戦争を通じて人々が出会った食事を題材とした作品であり、1話から数話で完結する短編オムニバスである。
あらすじ
ある年の8月15日、東京の和食店に老いた客・前田郁夫が訪れる。前田は戦中、同郷の橋本悟と戦地で出会い、兄弟のように親しくなった。しかし、橋本は戦場で瀕死の重傷を負い、うわ言で「おでんが食べたい」と言い出した。前田は料理の経験はなかったが、わずかの食料と水を飯盒で煮て橋本に食べさせた。前田は終戦記念日に飯盒を携え、復員して以来ずっと食べていなかったおでんを注文するが、橋本への申しわけなさで食べられずにいた。店主は事情を知り、飯盒におでんを入れて温め直し、前田に勧める。前田の前に橋本の幻が現れ、二人はおでんを囲む場面で物語が終わる。
作風とテーマ
戦争と食事の関りが題材であり、戦中で死と隣り合わせの状況の兵士たちを救った食べ物や、身近な食事の由来にまつわる戦中のエピソードなどが描かれている。肉じゃが、おにぎり、寿司といった身近な食べ物や料理が、戦争と深い縁にあるという話や、「戦艦大和でラムネが作られていた」「金属類回収令によって豆腐作りが困難になった」など、知名度の低い事実を取り上げた話も掲載されている。
物語は基本的に、史実をもとにして、魚乃目が脚色を行なっている。フィクションもあれば、ノンフィクションもある。ノンフィクションとしては、フランス料理シェフの村上信夫がシベリア抑留中にリンゴでパイナップル風のデザートを作った話「極寒のパイナップル」や、漫画家ちばてつやの実体験である「ちば少年の引き揚げめし」が挙げられる。
絵柄は、戦争と対極にあるように、暖かみを感じさせる優しい描写が特徴である。これは、生々しい描写が避けられがちな風潮を懸念して、子供や若者の手に取ってもらうことを意識したことによる。魚乃目の「好物を食べるときは温かい内に口一杯に頬張りたいために、口が大きくなるはず」との持論から、人物の顔が頬を膨らませて、口が大きく描かれていることも特徴である。
制作背景
魚乃目が本作を制作するきっかけとなったのは、テレビで見た元日本兵の絵である。その日本兵は、南方戦線から生還した後に、自身が森の中を逃げ惑っていた姿を思い起こして描いたものであり、服はボロボロ、体は骸骨のようにやせ細り、敵に襲われるかもしれない状況にもかかわらず、手には武器ではなく飯盒を持っている姿であった。魚乃目は、戦争体験者でもある漫画家のちばてつやから、「飯盒があれば水も汲うことも、飯も炊くこともできる。飯盒があれば生きられる」と聞かされ、「食べることこそが、生きること」だというメッセージを感じとった。
魚乃目は以前から、戦争を題材とした漫画を描きたいとの気持ちを持っていたものの、人間の死や人間同士の殺し合いは、自分には描けないと考えていた。しかし飯盒を手にしたこの兵の絵がきっかけとなり、「戦中の食の貧しさ、美味しい物を食べたときの喜びなどの心情ならば描ける」と考えられたことで、本作の企画に至った。
社会的評価
漫画研究者の吉村和真は、本作について、魚乃目による温かなドラマ作りの手腕が存分に発揮されているとして、誠実な取材の手腕と共に「戦争体験者たちの優しさとぬくもりに包まれた『戦争めし』の記憶がよみがえってくる」と評価している。
漫画評論家の中野晴行は、戦中は食生活の苦難が伝えられることが多いが、人間が生きるためには食事が不可欠なのは当然であり、さらに単に食べれば良いわけではなく、「美味い物を食べたい」という欲がどこかに残っていることから、「魚乃目はその人間の根底の部分を見事に描き出している」とし、「どのエピソードを読んでも、食べることの大切さが伝わり、極限状態でのドラマに心が震える。飢えなければならない戦争なんてぜったいに嫌だ、という気持ちになる」と述べている。
「極限状態で痛感させられる食べ物の貴重さ。それを作り、食べる人間の力、さらには平和の尊さが伝わってくる」「食べることは生きること。食の力に気付かせてくれる」などの意見も寄せられている。単行本の累計発行部数は、2021年7月時点で35万部に達している。
テレビドラマ
2018年8月11日にNHK BSプレミアムで、単発ドラマとして放送された。実写ドラマと漫画を交えて進行する作品であり、ドラマ部分は魚乃目をモデルとした現代の漫画家のドラマオリジナルのエピソード、漫画部分は魚乃目による『戦争めし』や書き下ろしに、音声や映像効果を加えて描かれる。
製作
番組プロデューサーの木學卓子(NHKエンタープライズ)は、長年にわたって戦争ドキュメント番組の制作に携わっていたが、10代から20代が戦争に興味がなく「戦争離れ」が著しいことに懸念を抱いており、「戦争とごはん」という切り口なら若い世代が関心を持つ可能性があると考えられたことが、本作の製作につながった。
主人公の山田翔平を演じた駿河太郎は、漫画家という設定にもかかわらず、「僕は本当に絵が下手」であり、漫画を描く場面では「僕にやらせないでください」とお願いしたという。そのために山田がパソコンで漫画を作画する場面では、隣の部屋で魚乃目が漫画を描き、Bluetoothを通じて、駿河がパソコン画面でその漫画をなぞることで、漫画制作の画面を再現した。
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